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お雛様について学んでみました
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おひなさまが近づいてきました。
いままであまり気にしていなかったのですが、
お雛様人形って実はかわいい。
こまごました細工に目を細める私。なにをいまさらという感じです。
忙しい生活を送っているときには気がつかなかったのでしょう。


そして、実家にいると季節を感じることが多く、イベントも気にしなくても勝手に行われているという状況。でも、自分で家庭を持つと私がしなければ、誰もしないとだれも飾ってくれない。(当たり前か・・・)


デパートでお雛様人形を見て夫と話し合いました。
注:まだお子はいないし、お腹にもいない。とても気が早い2人。


「これってどこにおくんだろう?」
「今のとこじゃ無理よね」
「ってことは実家か?」
「実家にはあるよ。」
「それは妹ちゃんのでしょう〜。」
「あ・・・、そっか。」



こんな感じでおばかトークをしていたのですが帰ってきてからなぜおひなさまを飾るのか知りたくなりまして。調べてみることにしました。



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お雛まつりとは・・・
雛祭りは桃の節句と呼ばれる
桃の節句は「五節句」のひとつの「上巳(*)の節句」
〜じょうしのせっく〜

中国の思想と日本独自の風習
が一緒になった

*「上巳」:3月の初めの巳の日



水辺に出て不祥を除くための禊(みそぎ)祓(はらえ)を行い、宴会を催してお祝いをしました。 古代中国では、初めは巳の日でしたが、魏の時代より3日となったそうです。中国でのこの行事のいわれは、けがれを祓い清める招魂の意味が強かったようですが、日本独特の祓(はらえ)の思想と結びつきました。


日本でも「日本書紀」に「3月3日が上巳の節句」との記述が残っています。
祓の道具として人形(ひとがた)がありました。
人形に不浄を託して川や海に流して、災厄を祓うという風習がありました。
古代からの日本の俗信仰として、自分の罪を人形に託し、肌身にすりつけ、息をふきかけ、これを水に流すのです。
その人形(ひとがた)が、天児(あまがつ)であり這子(ほうこ)です。
天児・這子の詳細


話はずれますが、人間の身代わりになる形代(かたしろ)には
呪術的な要素があるといわれています。
千と千尋の神隠しの中で、のろいをかけられるシーン。
人型(紙)が飛んでくるシーンがありましたよね。



祓用の天児・這子+「ひひな遊び」のお人形=雛人形

昔は子供が無事に育つことは大変なこと。
「上巳の節句」の使用された天児や這子はいつしか幼子の病気や災厄をはらい無事な成長を祈るものとなります。
上巳の祓に贈られた人形が枕辺におかれ、神聖なものとして翌年にも用いられようになり、幼子が3歳になるまで身に添えて持たせるなどの風習も生まれました。


別に、「ひひな遊び」のお人形というものがありました。
平安時代の古典「源氏物語」に、貴族の少女達が「ひいな遊び」をしている風景が登場しています。


「ひひな」は、幼女の遊び道具として存在していました。
この「ひとがた」と「ひひな」が結びついて、現在の「お雛さま」が生まれました。



上巳の祓の人形と幼女の遊び道具の人形は、中世以降になると次第に立派なものとなります。 「飾り雛」として造られるようになり、江戸時代になると、平安時代の宮廷を模した雛壇の雛人形となります。


雛遊びが雛祭りと変化してゆくのは、江戸幕府が令の規定の3月3日の節日を「五節句」の一つに定めたことが最大の誘因。
娘の幸福を願って人形を飾る風習がゆきわたってゆきます。


宝暦年間(1751〜1764)以降、京都から江戸への文化の移動に伴い、文化・文政年間(1804〜1830)頃には京都とともに江戸にも雛人形を飾る風習が広まります。 それ以降、雛祭りは明治・大正・昭和と盛んとなっていきます。



勉強になりました。これでいつ女の子が生まれても大丈夫?!

五節句についても、ついでに調べてみました。


五節句について






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引用:こうげつ人形
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